Les Miserable - レ・ミゼラブル




昨日、映画版のレ・ミゼラブルを鑑賞してきた。

映画向けにアレンジしている部分が案外多くあったけど、やはりさすがレ・ミゼ。
「涙腺」に働きかける演出というか、「お前が泣くまで歌います」的な演出はしっかり受け継いでいて、もう散々みてきて分かりきった場面なのに、ついつい涙腺を緩ませてしまった。

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初めてこの物語に出会ったのは、NYのBroadway。

金の無い学生時代に大枚を払い、当時知り合った彼女がせがむままにチケットを買い、半信半疑のまま舞台を見、そして、期せずして号泣した。そして、俺だけでなく観客の全てがむせび泣き、そして笑い、そして拍手を送るのを見て、人類皆兄弟と思った。

それは、この作品が何故にロングランを続けているのかを理解した瞬間だった。遠き昔の20代前半の頃の思い出。

以来、過去に課題図書に出されたまま放っておいた文庫版「ああ、無情」を読んだり、サントラ盤を買って、それぞれのラインに含まれる意味を探ったり、実は島田歌穂がEponine(エポニーヌ)役でBroadwayで活躍してた事を知ったり。気が付けばレ・ミゼのファンになっていた。

それからというもの、機会があればこの舞台を観てきた。NYで、そしてLondonで。
その度に涙腺を緩ませ、グシュグシュになりながら、よく分からない力を漲らせたりしてきた。

友達やら出会う人にこの感動を共有したくて、いろんな言葉を尽くして語ってきたけど、なかなか通じない。全く別の言語体系で語られる物語なんざ雑音でしかなく「なんか言ってるなぁ」程度にしかならないんだよね。それはよく分かる。ヘブライ語で意味深な事言われても、俺は全く分かりませんから(笑)

劇団四季も日本語でレ・ミゼをやってるけど、なんかしっくり来ない。なんとも間抜けな、なんとも現実感の薄いペラペラな感じになってしまう。Eponineがソロで歌う「On my own」という曲は最たる例で、こんなにも切なくて悲しくて、そして愛に満ち溢れた素晴らしい曲なのに、リリックを日本語に落としこんだ瞬間に白けてしまう。

多言語を意訳して音声にすることの難しさよ。

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そんなこんなで、

「レ・ミゼラブルの感動を共有することはきっと無理なんだろうな」


そんな風に、とっくの昔に諦めていた矢先にこの映画版「Les Miserable」が上映されると聞いた。
Trailer(予告編)を見た時に、「これはいけるんじゃあるまいか」と思った。

ミュージカル仕立てなのに、字幕が付く。
美しい音色と力強い音域はそのままに。

これは見に行かなくてはと思った。


とは言え、歌の被るパートはどんな字幕になるのだろう?
キャストをどんな風に撮るんだろう?

様々な疑問が頭に浮かぶけど、

まぁ、それは見てからのお楽しみ。

あわよくば感動を共有できたらいいなと思い、
あまり乗り気じゃなさそうだけど、
自分が気持ちを共有したい人を半ば無理やりに連行したw
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ヒュー・ジャックマン(Hugh Jackman)のジャン・バルジャン役は悪くは無かったけど、もっと激しくバルジャン化して欲しかったし、相対するラッセル・クロウ演じるジャベール(Inspector Javert)は正直言ってアウトレベル。映画化するにあたっての苦肉の決断だとは思うけど、ラッセル・クロウはないなぁ・・・とダメ出し要素は満点。

「ああ、誘って申し訳なかったかも」

と、諦めた時に出てきたFantine(フォンティーヌ/コゼットのお母様)役のAnneHathawayの美しさと鬼気迫る歌で盛り返し、Eponine(エポニーヌ/宿屋の主の娘さん)役のSamantha Barksの切ない歌声。そしてCosetteとMariusの甘くて切ない絡み。

女性キャストは素晴らしかった。

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突っ込みどころは満載の映画だったけど、
字幕付きでミュージカルの臨場感を演出するという、このとても実験的かつ野心的な試みの映画は概ね期待通りの感動を与えてくれた。

自分は充分に楽しめたと思う。

願わくばキャストは歌唱力を第一に選出して頂きたかったかなぁと思うけど。

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もう一点気になったのは、「神」という言葉。
これは西洋文化を日本化する際には必ずぶつかる壁なのかもしれない。

字幕に「おお、神よ」というようなセリフが踊る度に、
この言葉がどんな風に伝わるのだろうか、という疑問が頭に渦巻いた。

レ・ミゼの言わんとする愛の核心には、間違いなくキリスト教のエッセンスが注入されていているから、「神(God)」というセリフは無くてはならないモノだった。「神」という言葉は無くてはならないモノであることは間違いないのに、それを日本語に訳した際の字面の嘘くさいこと。軽いこと。

「Oh my god!」の最適な訳は一体何なのでしょうか。
字幕の大家とされる戸田奈津子さんだって、きっと散々悩んだに違いない。


日本人に対する、「神」という言葉の扱いは難しい。


日本人にも多くのクリスチャンは居るし、「神よ・・・」と言う字面に抵抗の無い層も居るとは思うけど、大半の日本人にとって「神よ」「神様」と手を合わせる姿は、どこか遠くの国での出来事にしか見えず、虚ろに聞こえる。

もう少し別の表現方法は無かったのかなぁと思う。思うけど、代替案を示すことなぞ出来るわけも無く、今後、レ・ミゼが日本の風土に溶け込んでゆく過程で、知らぬ内に自然な表現が見つかり使われるのかも知れません。

これは対日本語圏だけの問題では無く、それぞれ宗教的な属性を持つ民族達が、それぞれのプリズムを通し、レ・ミゼの語らんとする大きなテーマである「普遍的な愛」を受け入れる素地があるかどうか。

普遍的な愛情。いつまでも変わらない想い。

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宗教や民族を超えて、人は普遍的な愛情で繋がる事ができるのか。
Les Miserablesはそんな課題を自分に残してくれたように想います。

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まだご覧になっていない方は、是非ご覧くださいませ。
そして思う存分に涙腺を緩ませて下さい。

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