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「大学という名のモンスター」 - 沖縄科学技術大学院大学 - OIST - 10月 07, 2013 平成24年に沖縄県恩納村に沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Scince and Technology)という先端技術に特化した大学が開校しているのは報道等でご存知だと思います。沖縄県振興の目玉とも呼ぶべきハードで、大学建設時の費用は元より、毎年の運営費にも莫大な予算が注入されている。 先日、友人が来沖した際に立ち寄る機会があり初めて訪問したのだが、その規模とバカバカしい程に豪華なキャンパスに驚愕した。恩納村という沖縄屈指のリゾートエリアの高台に南シナ海を見下ろす立地に広大なキャンパスが広がる。 220ヘクタール(2,200,000平方メートル)の広大な敷地には巨大な研究棟に加え、大講堂、ドミトリー、恐らくは教授陣向けの戸建て住宅に学長公邸まで、近代的なデザインの建築物が整然と並ぶ。週末だったこともあり学内の人気はまばらだったが、出会う人は皆、外国人の方々だった。 OISTの居住エリアから東シナ海を望む 閑散としたアーケードにはおなじみのJimmy'sやジムがならぶ コミュニティキッチン 大学の施設、しかも先端を謳う場所であればそれなりの設備は揃っていて然りなんだけども、何かがしっくりこない。その理由は明らかで、普通の大学にある賑いやら何やらが一切存在しないのだ。そう、これだけ金の掛かった施設、しかも立派な居住区域まで併設された場所なのに人の気配がまばらなのだ。 コミュニティキッチンの冷蔵庫には作りかけの食材等、生活を感じさせるモノは多少存在したけれども、絶対的な生活感が薄すぎる。一体、ここで暮らす人々は何をしているのだろうか?そもそもOISTなる化物並に予算を食いつぶす施設は一体何のために存在するのか。 知事、OIST拡充を首相に要請 http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-10-05_54917 【東京】沖縄科学技術大学院大学(OIST)のジョナサン・ドーファン学長と仲井真弘多県知事は4日、首相官邸に安倍晋三首相を訪ね、沖縄の振興にOISTが重要であることを説明し、施設の拡充を要請した。 冒頭のあいさつで、安倍氏は「沖縄を訪ねた時、素晴らしい教授陣と生徒の皆さんにお目にかかって、ここに日本の... 続きを読む
共同生活援助事業所の新規立ち上げに伴う住民説明会 9月 20, 2021 沖縄美ら海水族館の移動式水族館 県内の医療機関等からの要請で水族館を移動するサービス。基本的に無料で派遣している。 現在友人が立ち上げに向けて奔走している障害者向けの「共同生活援助事業所」(グループホーム)の第一回目の住民向け説明会にオブザーバーとして参加してきた。共同生活援助事業所とは障害者総合支援法の中で規定されている障害福祉サービスの一つで、障害を抱える利用者達がある一定の支援のもとで共同生活を営み、親元を離れ自立した生活を行う為の訓練を行う通称「グループホーム」とも呼ばれる。 県からの指定認可の内諾も取れ金融機関からの資金調達の目途もたち、後は実際に設計した通りに建築を開始する段階まで来てはいたが、住民説明会を開催した。自治体の認可を受ける前提には住民の賛同は求められることはなく、自らの土地に行政が進める障碍者の「地域移行」を幼少の時期からこのエリアで生まれ育ち、周辺住民へ「一応」の理解を求めるという意味での説明会の開催で、友人は地元の仲間達はいろいろと注文を付けるが最終的には同意して応援してくれると予想していた様子だった。 説明会には県への指定申請を進めてくれている行政書士と代表者である友人と施設の運営に携わる家族が参加し、色々と難題を付けつけられるとの予想はあったが、法律的に何ら譲歩する必要はなく、形式的に説明会を行い次のステップへ進む目論見だった。 その目論見は誤りであったことをすぐに知ることになる。 まずは年配の住民からの怒号で始まる。 「この会で反対の意を示したら事業は断念するのか。それとも形式的に住民の理解を取りましたと報告するために招集した形式上の会なのか。まずはそこにお答え頂きたい」 そう、住民たちは彼らの理解できないクリーチャーが集合するグループホームは危険な迷惑施設であり、建設を進めるのは断念してほしいという強い意志を持って説明会に参加していたのだ。 西暦1900年(明治33年)当時の精神病者監護法の施行下では得体のしれぬ精神病者は監禁することが半ば当然とされていた時代から120年以上経過し、現在は精神病者は障害者総合福祉法の下で福祉と人権のもと、他の健常者と同様に扱われ尊重される存在とされている現代においても、まだ一般的な人々は120年前の古いメンタリティの価値観に囚われて生きている人が大半を占... 続きを読む
年明けの振り返り。平成の香りが消えないうちに。 1月 04, 2020 怒涛の如く過ぎ去った平成最後の年も終わり令和2年に突入したと思ったのもつかの間、あっという間に一ヶ月が過ぎ去った。年も開けて久しいが今やらないと一生できないような気もするので、「怒涛」と表現できる2019年(平成と令和のつなぎ目)をもう一度振り返ってみたい。 はて、去年の年明けは何をしていたか。ん。何をしていたっけか? そうだ。内地に帰っていた。と、引き出してきた記憶の中で真っ先に思い浮かんだのは、千葉のオヤジの家の帰りの海ほたるで愛奈と話した会話のことだった。なんでも同窓会でちーぼーと出会い、俺とお付き合いしているということを宣告したら、色々と言われてしまったらしい。まぁ、仕方ないよなぁと思いつつ、全力でフォローしたのがたぶん2019年の幕開けだったと思う。 2019年1月2日 東京アクアラインの海ほたるパーキングから東京を臨む その後のことは脳外記憶媒体であるGoogleさんを紐解きつつ思い出してみたい。 2019年第1四半期 2018年の11月29日のお付き合い開始から色々と事態が進んだ時期だった。正式に(というのもおかしな表現だが)交際を開始したのは何年ぶりだろうか。お互いに刺激を与えながら関係を深めていった時期だったように思える。今帰仁ライオン食堂の件を進めていって雲行きが怪しくなったのもこの時期か。 相談支援の仕事とその他の案件を進めつつ村民体育館にも足繁く通い充実した日々を送れていた。唯一、那覇での仲間たちとの飲み会の機会は激減し、交際を開始して以降はよほどの理由やら研修のついでくらいでしか行けなくなっていた。 本部の大浜、松商企画の近くにあった居抜き店舗で飲食店を始めようという動きもしていた。いずれも実現には至らなかった。今帰仁村の乙羽岳森林公園の指定管理者に向けてのプレゼンを行い見事指定を勝ち取ったのはこのクォーターの一番の成果かもしれない。 乙羽岳森林公園北側展望台 屋我地島越しの古宇利島の眺望。 晴天時には与論島や沖永良部まで見渡せる。 2019年第2四半期 4月1日にから始まる乙羽岳森林公園の業務の準備を開始。提案書通りにシャワー室の無かったバンガロー(大)にシャワー室を併設する。室内に置く方法と屋外に増設する方法を検討したが、既存建物へ与える改造の度合いとコスト等を鑑みて、屋外にCB造... 続きを読む
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